「米百俵」というと、かの小泉総理所信表明演説が有名にしてくれたあと、政治家の先生方はこぞって、言いだしたような感がありますが、その内容がどんな事なのか、忘れてしまったのは、オイラだけでしょうか。
っていうか、実は全然わかっていなかったんです。
オイラみたいにわかっていない方にご紹介しますが、
明治初期、まだ、廃藩置県の前ですから、御一新直後の出来立てホヤホヤの頃でしょう。
長岡藩に小林虎三郎なる傑物がいたとしましょう。
このトラちゃん、長岡藩のお偉いさんで、いうなれば、知事みたいな役目だったそうで。
このころの長岡藩というと、そうです。これはオイラも知っているんですが、河井継之助ですね。
ツグちゃんは、戊辰戦争で亡くなっちゃうんですが、
ツグちゃんのあと、偉い役目を引き継いだのが、トラちゃんでした。
後始末だから、そりゃたいへんですわな。
長岡藩は賊軍ということで、石高ががぜん減っちゃって、そりゃ~貧困はたいへんなものだったでしょう。気の毒ですね。
でも、不思議ですよね。ふつう、負けちゃったらお家取りつぶしなんじゃないかと思うんだけど、そこは、徳川の時代と違うところなんだろうな~。
で、長岡藩の皆さんは、食べるのもやっと、っていうか、トラちゃんちも、毎日毎日お粥ばかりすすってたってことだから、下の人たちは、どんなだったろう・・・
そんな窮状を見かねて、拾う神ありですよ。
仲の良かった藩から、お米が届くわけです。百俵ばかりなんですけど、おすそわけ。
えらいもんですね。届けてくれたその藩だって、そんなに裕福だったわけじゃない
と想像します。
で、頂いたほうの長岡藩のみんなは、喜んだろうね。
涙 流さんばかりに、喜んだと思うよ。
ところがどっこい、そこで登場するのがトラちゃんですよ。
なんと、このトラちゃん、このお米百俵をお金に換えて、学校をつくるなんて、とんでもないことを言い出す始末。
えっ~~~~~~~~って、皆から大反発。
えっ~~~~~~~~って、言うわな、そりゃ。
で、トラちゃんがのたまった言葉がこれだ~、ワン・ツー・スリー
『この米を今食べてしまったら、2,3日でなくなってしまう。けれど、これを資金に人材を育てたら、千俵いや、万俵となる。我々が、今すこし、子子孫孫の為、辛抱しようではないか。』
こんなこと、ふつう言えまっか・・・
お偉いさんのトラちゃんさえ、お粥なんですよ。
想像するにたぶん、餓死者も出たことでしょう。
今の、メタボを気にする貴兄大姉諸氏(スンマセンオイラのことです)には、想像も絶する時代ですよ。
食べたくても食べられない時代がつい150年ほど前に、現実だったなんて、
食べられるのに我慢しているオイラ達は、バチ当たりですよね。
決して、昨日の記事の言い訳ではありません。
で、そのたった150年前に子子孫孫の為に、食べずに、教育に投資する。
明治政府が、学校制度を作り始める2年前にですよ。
戊辰戦争に負けて、ヒ~ヒ~言っていた長岡藩が、全国に先駆けて、学校をつくった。
のちに、この学校から偉い方がたくさん出るんですね~。
山本五十六なんかも、この学校出身なそうな。
トラ様の読みがズバリ当たったってことだけど。
トップに立つ人の模範がここにあるような気がします。
信念、簡単にそう言えるもんじゃなく、執念かな、
燃えたぎるような執念ですかね。
そんなエネルギーの強さが人を引っ張る強さなんだと、
正しいエネルギーを、思いの丈を、発散し続ける。
そんな、お勉強をさせていただきました。
トラちゃんの話、致知10月号のウケウリでした。
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