筆者がなぜ、この建築業界に今も懲りずにいるのか?
この時期になると思いだすことがある。
苦い思い出でもあるので、自慢できることではないが、忘れることのできない事件である。
かれこれもう20・・・何年だ?・・・25年も経つのか・・・
そう、まだ筆者も20台の頃か・・・若かった・・・
1985年の秋、初めて建築の現場に足を踏み入れた。
知り合いの人から勧められて、小林君なら出来るよって、おだてられ、そうか出来るのか・・・単純なオイラはその気になって、働いてみようって思った。
これが見る聞くのと、実際にやってみるのとはやっぱり違う・・・
でも、それなりにこなせたから、やっぱり職人ってのは合ってるのかもしれない。
出来ると面白くなるのは、何でもそうだ。
何の仕事かというと、当時はやり始めていた、外壁にサイディングを張る工事である。
古い家が見る見る間に見違えてしまう。
これはスゴイものがあるんだ・・・と感心してしまう・・・当時は何でも新しいことばかりで、何にでも感心していた。
当時このサイディングはだれがする仕事か・・・板金屋さんということもあったが、大工がやっていたこともあった。
新しい建材なので、どの職人がやるものか決まっていない。
今でこそ専門のサイディング屋さんがいるが、そういう意味では専門職の走りである。
2ヶ月くらいで一人で張れるようになった。
我ながら大したもんだ。
で、師走になり、運命の現場をまかされることになる。
年内にできる?って元請けから聞かれ・・・ちょっと迷ったが・・・
調子になったオイラは、ヨッシャって、引き受けてしまった。
これが、職人小林のデビュー作となる記念すべき第1号の現場である。
年内完成しなければいけない。これが先ずもって課せられた条件でもあった。
自分ひとりで出来る現場ではない。
熟練の大工さん一人を応援で頼んだ。
もう一人、これは素人だが、前職の仲間をアルバイトで頼んだ。
3人でいざ開始。
順調に作業は進んでいたが、この現場、階段を上がって一段高くなっているところに建っている。
横須賀の現場だ。横須賀は例のごとく山坂のおおい土地柄。
高くなっている上に、足場を掛ける。そりゃそうだ、2階建てなのだからして当然である。
実は、初めの現場、その次の現場は、平屋だった。
2階屋は初めて・・・
足場の経験がない。
その上に、一段高い土地。
2階に足場を掛け、その上に乗って立つとなんと・・・3階にいるのだ。
しかも目線は立っているので4階状態・・・
しかも当時の足場は、丸太の1本足場、しかも1間半もとんでいる。
1間半というと2.7mである。ふやふやとよくたわむ・・・
杉丸太1本の上に、4階の高さを感じるところに立っている。
そこでの作業である。
素人が仕事できるわけがない。
釘を打つにもへっぴり腰・・・
いやはや、功を急いだ後悔がこの時始めて襲ってきた・・・
大工はスタスタスタ、1本丸太のたわんでいる上を歩いている。
なんで・・・怖くないの?って聞いたら、倒れる時は壁側にもたれれるようにするから大丈夫だって・・・(--〆)
この人に、このあたりはお願いしようと思っていても、頼んだのはこちらだからして、オイラが棟梁・責任者である。
そこは意地を張って、へっぴり腰で作業した。
怖かった~~~~~(@_@;)
陽は夏と違い、暮れるのも早い。つるべ落としである。
影になると凍てつく寒さになる。
しかも目線は4階である。
参った・・・
年内に終わるかな~~~
もう、クリスマスも近づいてきた・・・
そして、ジングルベルも鳴り終わった・・・
いやいや後は、大みそかが刻々と近づく・・・世間もあわただしい・・・
終わらない・・・困った・・・
応援のベテラン大工も28日までの約束だ。
そりゃそうだ、田舎に帰る都合がある。
何とかもう一日、29日もお願いした。
そこまでだ。頼みの綱がいない・・・
残ったのは素人二人・・・
もう少しだ・・・
終わらない・・・
お客様に、予定外の大みそかの作業をお願いした。
・・・いいよ^^・・・
・・・ホッとした。
これで何とか終わらせることができる・・・ヨッシャ
大みそか・・・ここで何とか終わらせないと。。。
以外と進まない・・・
あせった・・・あせった・・・あせってきた・・・・・・
もう暗くなってきた・・・終わらない・・・・
今日はこれまで、次号に・・・
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